横濱戦術四天王(仮)~マリノスの戦術を読み解く〜

横浜が誇る戦術四天王による、横浜F・マリノスについてのつぶやきをまとめます。 ちなみに、あと2人がみつかりません。

【より具体的に今季の小林祐三のどこが素晴らしいのかを説明します by 蒼井真理】 about 2013の小林祐三について

今季、試合の度に何度も繰り返し「パンゾーが素晴らしい!」と言い続けてきました。今日はより具体的に、今季の小林祐三のどこが素晴らしいのか、昨季まで何が不満だったか、何が変わったと感じるか。他のテーマとも絡めつつ尋常でない量を連投します

小林祐三、27歳。静学から柏での7年間を経て、2011年にマリノスに移籍加入し3年目。1年目から右SBのレギュラに定着、その座をほぼ不動のものとして現在に至る。マリノスファンにとっては「金髪の右SB」だが、静学から柏の5年目、2008年まではCBの選手だった

過去2シーズンの小林祐三に対する私の印象は、マリノス在籍時の田中隼磨に近い。サイドをアップダウンする運動量とスピード、フィジカルコンタクトの強さ、1対1の粘り強さは何れも及第点以上。ミスを引きずらない、本番に強いメンタル。何より「アスリートとしての素地」に秀でた競技者

しかし一方でクロスの質には大きな問題があり、攻撃参加のタイミングにストレスを感じる事が多かった。守備では対人守備は堅実だが、逆サイドからのクロスやスローイン時のマークミス、集中力と展開予測の欠如が散見された。これらも全て、マリノス在籍時の田中隼磨との類似点

今季の小林祐三が素晴らしいと感じるのは、まず攻撃参加のタイミングと頻度、総合的な質の向上だ。4月の7節アウェイ新潟戦(0-1で敗戦)が出色の出来で、そこから甲府戦、鹿島戦とリーグで3試合続けてオーバーラップのタイミングにまるでストレスを感じなかった

――1年目の2011年は、序盤は4-4ブロックの堅守速攻の中で小林祐三のゾーンに穴を空けない堅実な対人守備と、タテ方向のスピード感は大きくマッチした。しかし次第にチームはポゼッションに移行する中で、次第にビルドアップへの貢献度の低さが浮き彫りになっていった

カウンタ主体、逆サイドとの「つるべの動き」を基本としたシンプルなアップダウンの繰り返しの中では粗は見えなかったが、両サイドを高く張り出す遅攻スタイルの中ではポジショニングやオーバーラップのタイミング、中央との絡みが巧みでなかった
昨季の9月には、チーム練習の紅白戦終了後に齋藤学と共にドゥトラに呼び出され、通訳のパブロを通しながらも激しい身振り手振りで「オレがここで顔上げたらこのタイミングでココにこう入ってこいよ!」的なプレーイメージの連携指導(お説教)を受ける場面も

少しずつチームのスタイルが完成に向かい選手たちがイメージを共有し合っていく中で、どうしても連携に上手く絡めず「ブツ切りの個」の動きになってしまっていたのが、この頃の齋藤学小林祐三だった

おそらく樋口監督も小林祐三の戦術理解度には満足していなかったはずで、就任当初から試合終盤に彼を外し兵藤を右SBにスライドさせる交代は多く見られた。昨季終盤には、一時的に金井貢史にポジションを譲ることも。金井厨の贔屓目を抜きにしても、コンセプト適応度は金井の方が高かった

だが、今季7節以降の小林祐三はオーバーラップのタイミングが素晴らしく、ドゥトラが敵陣にいる時でも機を見て上がり、特に右サイドからドリブルやワンツーでカットインして自らエリア内に侵入する積極性は攻撃に変化と相手守備陣の混乱をもたらし、効果的な貢献を見せ続けている

ハーフウェイラインを超える頻度は無論ドゥトラに比べると少ないが、スコアとゲーム展開を考慮しつつ、絶妙なタイミングでスタートを切る。バクスタから俯瞰で観戦していても「ここだ!」と思った時には既に走り出している事も少なくない。まるでストレスを感じない

急激に攻撃参加の質が上がった理由は分からない。想像するならば、そもそもキャリアの中でSBとしての経験値は然程高くなく、理詰めで考える&堅実性の高い性格やプレイスタイルから「両SBが同時にハーフウェイラインを超える」事への抵抗から解放されるために、時間が必要だったのかもしれない

逆に言えば小林祐三の戦術理解力は(直感系でないので時間はかかるが)決して低くなく、明確なチームコンセプトの下、俊輔や中町、富澤、ドゥトラマルキーニョスらサッカーIQと経験値の高い選手に囲まれてプレイする中で、自らも適応し、その効果が今プレイに表れたという事か

クロス精度についてはまだ課題が大きいが、特にアーリクロスには向上が見られる。練習では10本に1本の良質クロスが、公式戦では3本に1本になる。このあたりも実に小林祐三らしい本番に強い集中力で、あまり自主練習には熱心でないが、中澤や俊輔とは違った意味でプロ向きのパーソナリティだ

小林祐三は守備の面でも、昨季かなり気になった(実際失点につながった)「逆サイドからのクロスやスローイン時のマークミス、集中力と展開予測の欠如」の改善が著しい。皆無ではないがマークを見失うシーンは減り、総合的な堅実性が向上し、絶妙なカバリングでピンチを摘み取るシーンも増えた

これは展開予測力、「3秒後のピッチをイメージ」する頻度向上の表れでないか。攻撃参加時も関係するが、自分とボールホルダだけでなく、ピッチ全体を把握して、その後の展開を予測し、それに対応するためのプレイ・ポジションを選択する

展開予測はどのポジションにも必要なスキルだが、例えばマルキや俊輔など相手ゴールに近い場所で決定的な仕事をするためには、予測よりも直感的な「1秒後のピッチをイメージ」する能力が重要になる。パスの出し手と受け手だけでなく、周辺全選手の1秒後の場所と行動

私が思うにSBの場合は、特に自分の担当と逆サイドにボールがある際の「3秒後のピッチをイメージ」する、直感より計算と集中に比重がよった、より継続的なロングスパンの展開予測ができるか否かが、気が利く優秀なSBと凡庸なSBの差につながる

SBはボールと遠い場所にいる局面が多い。逆サイドを破られた際「あーやられてるなあ」と他人事な選手と、即座に「3秒後のピッチをイメージ」して中央に絞ったりクロスがファーに(つまり自分サイドに)上がった際、そこに詰めるであろう相手選手を探す選手とでは、SBとしての質に大きな差がある

私にとって「素晴らしいSB」の定義は、攻守両局面において常に「そこにいて欲しい時に、いて欲しい場所に必ずいる」選手だ。つまりそれは常に「3秒後のピッチ」を想像している選手、そのための集中力とゲーム関与意識、直感的な展開予測能力が優れた選手ということになる

長友佑都は日本が生んだSBとして1つの頂点だが、私の趣味的にはあまり好むタイプのSBではない。体幹の強さ・バランスと15~25mのスプリントを繰り返し続ける速筋・遅筋の奇跡的なハイブリッドに因るフィジカル能力の高さが、あまりに際立ち過ぎて趣がない。…あくまで趣味の話です

現代のサッカー戦術的トレンドにおいて、SBの役割とカバーすべき領域は増加する一方だ。過去においては自陣の同サイドを攻略されない事がほぼ唯一の役割であったが、攻撃参加の役割が加わると同サイドのタッチ際をアップダウンするスピードと運動量、クロス能力が強く求められるになった

2列目の選手やFWにまで高い守備意識が要求されるようになった現代では、それまでゲームメイクの役割を担っていた2列目、今ではボランチにも(時には自陣でさえ)強い圧力がかかるようになり、DFライン、特にSBは遅攻の起点としての機能が求められる傾向が強まっている

CBはボランチや2列目への中央タテのパスコースを相手のFWや2列目が消しにくるし、やはり伝統的に(特にマリノスはその傾向が強いが)屈強なFWに対抗する「高さや強さ」が優先され、足元の技術やビルドアップセンスは二の次とされる傾向がある(両方を備える才能は稀有だからこそ貴重)

SBはタッチ際を主戦場とする故に、ハーフウェイラインまで進出しても360度からのプレッシャは受けない。システムの噛み合わせにもよるが、多くの場合マッチアップで相手が消しにくる優先順位は最も低くなる。つまり遅攻時に最も前を向いてパスを受け、ボールを保持しやすい

SBが確実にボールをキープし、ドリブルで運び、パスを散らし、味方のCBやボランチのパスコースを確保する事が遅攻のビルドアップにおいて如何に重要かという事は、昨季と今季のドゥトラの貢献を見ればマリノスファンであれば誰でも容易に理解できよう

現代のトレンド傾向ではポゼッションの優位性が高まり、よりボールを保持し相手陣内により多くの選手を送り込む(それにより守備のリスクも低減させる)遅攻が多くのチームで採用される中で、SBの位置取りは高くなり行動範囲はタッチ際に止まらず飛躍的に拡大している

これもマリノスファンには理解し易いはずだ。遅攻時のドゥトラのポジション、タッチ際だけでなくよりインサイドにも進出し中盤の選手と連携してビルドアップ、崩しに絡む動き。あれこそ樋口監督が、現代のトレンドが要求するSBの動きだ

SBというポジションにおいて、過去には「ポジションを守る、穴を空けない」事が何より重要であったが、あまりに役割と行動範囲が拡大した現代は、逆に「ポジションを捨てる」勇気と判断力、リスク管理能力。つまり個人戦術能力が高いレベルで求められる

もしかしたら現代のトレンド下において、SBは他のどのポジションよりも自由で、個の裁量権が大きいのではないだろうか? もちろんチームコンセプト(監督の趣味・方向性)にもよるし「自主性と個人戦術の高い」SBに限られた話になるが…

今季の小林祐三が素晴らしいと感じる、よりディテールに突っ込んだ指摘。5月の13節アウェイ鳥栖戦では、鳥栖のカウンタに対する下がりながらの守備で、ボールホルダのドリブルコースとパスコースを同時に上手く消す絶妙な対応を見せた。地味ながら「守備で魅せる」クレバーなプレイだった

マリノスのDF陣は中澤、勇蔵を中心に迎撃戦や縦方向の守備に強いが、カウンタに対する下がりながらの守備はあまり巧みでない。特に同数や数的不利な撤退戦は不得手(まあ大抵のDFは不得手だが)。アウェイC大阪戦の1失点目のように、コンビネーションへの対応・受け渡しに脆さがある

中澤佑二は1対1なら、下がりながらの守備でも相手とボールを粘り強く観察し、少しずつ相手を難しい状況に誘導しつつ水際で阻止する手練は正に海千山千。対応の引き出しの多さは経験値の成す業。ただ基本受け身(ミス待ち)だし、複数への対応になると少し強度が低下する感は否めない

この「下がりながら1人で複数に対応」する守備は、松田直樹が天才的に達者であった。あのピッチ中央を傍若無人に駆け上がる「海が割れるように、DFが道を開けてしまう」オーバーラップといい、しばしば彼はピッチ全体の「全選手を従わせるかのような」プレイを見せる事があった

松田直樹を忘れない~闘争人?』の中で天野貴史は語る。「1人で2人の攻撃を相手にしなければならない時の守り方でも、1人を誘いこんで2人同時にプレッシャーをかけるやり方だったり、これまで教えられてきたセオリーとは違う方法を教えてくれました」と

hamatra vol.076『自分にとっての松田直樹』の中で某氏は「相手との間合いの取り方が超一流。1対2の状況でも絶妙な間合いで相手を2人ともコントロールしてしまう。それは彼が"本能"で守っているからで、計算や経験だけであんなプレーはできない」と、その異才に言及する

今となっては本人に問い質す事ができないのが残念だが「どこまで計算でどこから本能・直感か」という疑問に対する明確な答えはないように思う。私たちの日常においても、経験に裏打ちされた脳内シミュレーションにより無意識下で行っている行動・選択は無限にある

対面する相手攻撃陣の特徴やクセ、経験的蓄積が導き出す「こうやってきそうだ」というイメージ、それが描く「1~3秒後のピッチ」図。松田直樹の凄味は「後手の予測対応」に止まらず、場合によっては一歩前に踏み出し自らアクションすることで相手の次の行動を制限し支配した所にあったが

小林祐三に話しを戻そう。6月のナ杯準々決勝、アウェイ鹿島戦では自陣ハーフウェイ付近から前線への精度高い好フィードが2本見られた。これは過去になかった新しい引き出し。今後も意欲的に試みれば、更にビルドアップでの貢献度向上が期待できるのではないか

――いろいろ脱線したが、つまり私はSBというポジションの奥深さに強い興味があり、自主性と個人戦術の高いSBが大好きだ。小林祐三は、加入当初は全くタイプでなかったが最近の著しい成長、変貌と活躍に大きな喜びを与えてもらっている。素晴らしき小林祐三。更なる飛躍を心から期待してます